むかしむかしというほどでもない最近のこと。
町から峠ひとつ越えた海辺の小屋に、
貧しい漁師の若者が住んでおりました。

貧しさとはせちゅないもので、
商売道具の網や釣り道具さえも揃えられないほど。
そのため、浅瀬のドワーフグラミーや
浜辺の大きなかいがらを集めるのが精一杯でした。

「ああ、いつか俺も大きな獲物を獲ってみたいものだなぁ。」

若者は口癖のように繰り返しながら、
寂しく毎日を過ごしていました。

ある日のこと、
久しぶりに町に出た若者は、巨大なイカの話を耳にしました。
1
なんでも、「めいゔ」と呼ばれるそのイカは
身の丈は十尺をはるかに超え、
足の一本一本がまるでスモウレスラーのようなたくましさ。
気性も大変荒く、
網にかかっても船にあげるのは
屈強な漁師4人がかりでやっとという暴れぶり。

ただ、その身は肉厚で甘みが強く、
お殿様でも味わったことがないほどの旨さだそうです。

なかでも4日に1日しか獲れない、通称4のめいゔは、
一際荒い気性ながら、美味しさも格別。
その味は闇を切り裂く落雷のような衝撃と例えられました。

そして4のめいゔを獲ることができた漁師は、
「常闇を断ち切る者」と町でも英雄視されていたのです。

(今回は少々長いお話です。続きを読むからご覧ください)

「めいゔか。俺も断ち切る者になりてえなあ。
そしたら俺のところにも嫁っ子が来てくれるかもなぁ。」

颯爽とイカした「常闇を断ち切る者」を遠目に見ながら、
若者はそんなことを思いました。

断ち切り、断ち切り、断ち切り。
町からの帰り道も、
若者はずっと「断ち切る者」になりたいと考えていました。

断ち切りのことばかりを考えて、
若者は、上の空で歩いていました。
あまりにぼんやり歩いていた若者は道からそれてしまい、
草むらに転がる何かにつまづいてしまいました。
2
「いてて。
こんなところにでっかい石ころがあるなんてついてねぇなぁ。」

ところが、よく見てみると
それは石ころではなく、苔むした古いお地蔵さまでした。
ひっくり返って長い月日が経っていたのでしょう。
すっかり泥だらけで、ちょっと見ただけでは石ころのようです。

「まったくしょうがねぇなあ。」

特に信心深いわけでもない若者ですが、
見てしまってそのままというのも気が引けます。
お地蔵さまをきちんと起こし、
持っていた手ぬぐいで汚れを落としてあげました。

「よし、まだ薄汚れてはいるが、
これで一応お地蔵さまには見えるだろうよ。」

若者は汚れた手ぬぐいで汗をぬぐってお地蔵さまに声をかけると、
また「断ち切り、断ち切り」とつぶやきながら
小さな小屋へと帰っていきました。

それから数日後。
じっとりした寝苦しい夜のことです。
なかなか寝付けずにいた若者は、
ふと土間に何かの気配を感じました。

「ひゃー、盗っ人かい?うちには何にもねえよぉ!」

薄いふとんを頭からかぶり、
若者はガクガクと震えながら声をあげました。
するとどうしたことでしょう。
若者の頭の中に優しそうな声が響いてくるではありませんか。

「怖がることはありません。わたしは道端の地蔵。
いまあなたの心に直接話しかけています。」

「ひぇー、蹴飛ばしちまったことをお怒りですかい。
あれは不可抗力でなんで、なにとぞご勘弁を。」

「いいえ、怒ってなどおりません。
あなたは私を起こし、泥を拭いてくれました。
そのお礼に参ったのです。」

「あなたは断ち切り、断ち切りとつぶやいていましたね。
あれは町で評判の、常闇を断ち切る者のことですか?」

お地蔵さまは優しく若者に語りかけました。
でも、優しそうでも、やっぱり超常現象は怖いものです。

「は、はいいい。
町で見かけた常闇を断ち切る者がイカしてたんで、
俺もなりてえなんて、大それたことを考えてました。
もうそんな不埒なことを思わねえんで、ご勘弁くだせえ!」

若者は叫ぶように答えました。

「なるほど、よくわかりました。」
お地蔵さまが答えると、小屋が大きくガタガタと揺れました。

若者は恐ろしくて、
「南無阿弥陀、南無阿弥陀」
と唱えながら布団の中で震え続け、
やがてゆっくりと眠りに落ちて行きました。

そしてよがあけました。
3
「やれやれ、昨夜は変な夢をみたものだ。」
若者はぶつぶつ言いながら、いつものように漁へでかけます。
海へ向かう道すがら、
若者は雰囲気がいつもと違うことに気づきました。
すれ違う人が自分を見ては、
こそこそと何やら話しているようなのです。

最初は勘違いかとも思いましたが、
どうも気のせいではなさそうです。
しかも、どうやら若者のことを
賞賛や羨望の目で見ているのです。

何かいいことでもしたかなぁ。

そんな風に思っているとき、
すれ違った2人組の娘が、
「今の方が常闇を切り裂いたそうよ。」
と話しているのが耳に入りました。

海についても、仲間の漁師の視線が違います。
いつもはせせら笑いながら話しかけてくる幼馴染の漁師や、
偉そうな年配の漁師までもが、
若者の機嫌を取るようににこやかに話しかけてくるのです。

どうやら、一晩のうちに、
若者は「常闇を切り裂く者」として、
世間の評判になっていたのです。

その時、若者は昨夜のお地蔵さまの訪問を思い出しました。
どうやらあれは夢ではなかったようです。
若者の願いを
「常闇を切り裂く者になること」と思ったお地蔵さまが、
一夜のうちに人々に信じ込ませてしまったのです。

そうとわかれば、おどおどとする必要もあるまい。
若者はすっかり態度を変え、
自信満々の態度で仲間の漁師に接しました。

「常闇を切り裂く者」の称号の効果は、絶大でした。

何しろ自分で漁をしなくても、
仲間がご機嫌とりに魚を分けてくれるのです。
もらった魚だけで、いつもの何倍もの魚が手に入りました。

小屋に帰れば、近所の住人からの差し入れが山のようです。
町へ出ればあちこちの店から声がかかります。
「どうぞ、うちの店で食事をしていってください。
もちろん、お代は不要です。
よろしければサインのおひとつでもいただければ。」

若者はあっちの飯屋、こっちの小料理屋と食べ歩きました。

若者に媚びへつらうのは商店主たちだけではありません。
酒を飲んでいると、
若者の気を引きたいらしく、若い娘が何人も近寄ってきます。

若者は、好みの娘をはべらせて、
実に陽気な時間を過ごしました。

「常闇を断ち切る者の名前はすごいものだなぁ。」

最初は少々気が引けていた若者も、
日が経つうちにすっかりと態度が大きくなり、
漁にも出ずに遊び歩くようになりました。
4
そんなある日のこと。
古い小屋から引っ越した若者の屋敷に、
立派なお侍さまが家来を引き連れてやってきました。

「さては嘘がバレてしまったのか。」
一瞬不安が胸をよぎりましたが、
どうやら何か頼みごとがあり、やってきた様子です。

すっかり態度が大きくなった若者は、
平常心と言い聞かせながら、お侍さまを招きいれました。

「ここが名高い常闇を切り裂く者のお宅か!
さすがに立派な屋敷にお住まいですなあ。
実は、私はみやこから参った使いのものでござる。」

「実は明後日、天子さまがお忍びで町を訪れになる。
その時に評判のめいゔをぜひ食してみたいとの仰せなのだ。」

「急な話で悪いが、お主ほどの漁師なら容易い話であろう。
幸い明日は4のめいゔの日と聞く。
どうか明朝漁に出て、めいゔを用意してはくれぬか。」

若者はびっくりしました。
若者の「常闇の断ち切る者」の称号は、
お地蔵さまの力による偽物です。
本物のめいゔは4どころか1さえも獲ったことはありません。

それどころか、若者の漁の実力では、
ノシイカでさえ獲れるか怪しいものです。

若者はなんとか断ろうとしましたが、
すっかり信じきったお侍さまの態度と、
お礼の前金と押し付けられた千両箱を前に、
とうとう断ることができませんでした。

お侍さまが帰ったあと、
若者はすっかり途方に暮れてしまいました。
めいゔ漁は少なくとも4人のベテラン漁師の力が必要です。
ですが、若者にはそんな心当たりはありません。
だいたい、若者は1人前以下の実力しかないので、
3人でめいゔが獲れる、並外れた力量の漁師が必要です。

とてもとても明日までにそんな漁師が見つかるとは
思えません。

困り果てた若者は、
頂き物のご馳走を抱えて、峠のお地蔵さまを訪れました。
たくさんのご馳走をお供えし、若者はお地蔵さまに祈りました。

「お地蔵さま、お地蔵さま。
明日の4めいゔの日に、
本物のめいゔを獲って来なくてはならなくなりました。
これというのもお地蔵さまの妙な魔法のせいです。
お供えを置いていくので、何とかしてください。」

若者はお地蔵さまを責めるような強い調子で、
なんどもなんどもお祈りをしました。
「いいですね、何とかしてくださいよ。」

若者は、お地蔵さまに念を押して屋敷へと帰っていきました。
5
その夜のこと、
蒸し蒸しした若者の屋敷の中を
どこからともなく冷たい風が吹き抜けました。

「若者よ。若者よ。
私は峠のお地蔵さまです。
明朝、屈強な3人の助っ人があなたの舟を訪れるでしょう。
めいゔのいる沖合まで舟を進め、心安らかに待つがよい。」

あの夜のように、
若者の意識にお地蔵さまの声が響いてきました。
屈強な助っ人とは誰のことだろう。
若者は少し不思議に思いましたが、
安心してぐっすりと眠りにつきました。

明朝、まだ薄暗い中、
舟の支度をする若者の姿がありました。
しばらく漁に出ていなかった若者の舟は、
あちこちが朽ちてしまい、見るも無残な様子です。

しかし、若者は舟のそんな様子にも気づきません。
「やれやれ、面倒なことになったもんだ。
でもお地蔵さまのおかげで今回も何とかなりそうだな。
天子さまのお使いを果たしたら、
お姫様を嫁にもらえるかもしれねえな。」

邪な妄想をしながら、
若者は沖合に舟を進めました。

遠浅の浜辺が、急に深くなる辺りがめいゔのポイントです。
海の色も周りとは異なり、どんよりと淀み、
イカにも大物がいそうな雰囲気が漂います。

そろそろ夜が明けようかという時間になりましたが、
周囲には一艘の舟も見当たりません。
屈強な助っ人が乗った舟の影が、見えてきてもいい頃です。

遅いな。

若者が少し不安になってきたとき、
若者の頭の中に、お地蔵さまの声が響きました。

「遅くなりました。助っ人を連れてきましたよ。」

若者は舟の舳先から身を乗り出し、辺りを見渡します。
それでも、やっぱり他の舟の姿は見当たりません。
お地蔵さまは嘘でも言っているのでしょうか。

若者が文句を言おうとしたその時、
舟にドシーンと強い衝撃がありました。
なんと舟の中程に、
大きなお地蔵さまが落ちてきたのです。

手入れもされずに放って置かれた若者の舟が、
大きな軋みをあげました。
「ひとーりめ。」
若者の頭にお地蔵さまの声が響きます。

お地蔵さまが言っていた屈強な助っ人とは、
大きな石のお地蔵さまのことだったのです。

何もない空中がふとゆがんだように見えました。
次の瞬間、
大きなお地蔵さまが空中に現れ、
若者の舟に落ちてきました。
6
ドシーン!!
「ふたーりめ。」

舟は大きく揺れ、傷んだ木材が悲鳴をあげます。
船底にはおおきな割れ目ができ、
海水が吹き上げてきました。

「おおい、もういい、やめてくれ。
もう助っ人はいらない。舟が沈んでしまう!!」

若者は必死に叫びましたが、
お地蔵さまの返事はありません。

そして、また空中が歪み、
これまでの2体よりも
もっと大きなお地蔵さまが姿を現しました。

「さーんにんめ。」
ドシーン!!メキメキメキ!!

お地蔵さまが落ちてきた衝撃で、
若者の舟は真っ二つに裂けてしまいました。
若者は大きなお地蔵さまとともに、
深い海の底に沈んでいきました。

若者が沈んでしまうとともに、
人々にかかっていた魔法、
若者が常闇を切り裂く者だというマヤカシはとけてしまいました。

翌朝。
海に沈んだ若者が、海岸に流れ着きました。
若者は小さなお地蔵さまを抱きかかえるようにして、
息絶えていました。
8
町の人々や漁師仲間は、
お地蔵さまの魔法で周囲を騙し、やりたい放題をした報いだ、
と思いました。

そして口々に、
「なんであんな冴えない若者を、切り裂く者だと思ったのか、
やっと疑問が解明したよ。」
と話し合いました。

いつしか、若者が流れ着いた海岸は、
「解明の彼岸」と呼ばれるようになりました。

今では海冥の彼岸として、
めいゔに挑む冒険者たちの名所になっています。
7
めでたし、めでたし?

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